文芸素人講釈

古今東西の文芸作品について、講釈垂れさせていただきます。

蒸気とエーテルが織りなす本格ミステリの話。

 

 

本日も一席お付き合いいただきたく、講釈垂れさせていただきたいのは芦辺拓著「スチームオペラ」でございます。

 

蒸気を動力源とした巨大科学都市。街路を蒸気辻馬車がガッシュガッシュと煙と轟音をまき散らして駆け巡り、空に浮かぶは気球タクシーや蝙蝠型飛行機。そびえたつ摩天楼には回転式投影装置によって幻灯新聞が映し出されておりました。

 

そう、そこはスチームパンクがお好きな方ならおなじみの、マッドヴィクトリアンファンタジーの世界。

 

この都市に住む18歳の女の子エマ・ハートリーは眠気眼で町へ飛び出し、蒸気辻馬車に乗り込んだのでございます。

 

「港へお願いします。全速力で、石炭代割増しつきでね!」

 

彼女が向かった先、倫敦港第二埠頭では、彼女の父タイガー・ハートリーが船長を務める巨大船≪極光号≫の帰還を誰もが今か今かと待ち構えておりました。

 

港に集まった大衆。もちろんマスコミ「絵入り伝声新報」の記者たちは蛇腹型のパイプを通じて蓄音機に繋がったラッパを手に様子を全国へ伝えています。

 

そんな中、ロビュール=モルス型空中船≪極光号≫が上空から虹色の光を放ちながら舞い降りてくるのでございました。

 

何を隠そう≪極光号≫、我々の世界で言う「宇宙船」だったのでございます。

 

おいちょっと待て、とおっしゃる方もいるかもしれません。蒸気で一体どうやって宇宙へ行くんだ、と。

 

蒸気を動力源とした世界でありながら宇宙航行を可能としたもの、それは「エーテル」の発見でありました。

 

我々の世界ではアインシュタインによってその存在を否定された光を伝播するための物質「エーテル」でございますが、しかしこのスチームパンク的世界ではもちろん実在するのでございます。ええ、スチームパンクとはそういうものでございます。

 

ま、でもこういう話はそういうのが好きな理系の方にお任せするとして…

 

物語を進めましょう。≪極光号≫が無事寄港し、エマは父が船から降りるのを待ちますが、一向に降りてくる気配がありません。しかも「絵入り伝声新報」では≪極光号≫が宇宙で重要な発見をしたとのことが報じられているのです。

 

日頃探偵小説や冒険小説を読み漁っていたエマはこれは怪しい、という直観のもと、≪極光号≫に忍び込むのです。

 

そこで彼女が見たものは、巨大なカプセルに収容された一人の少年。そしてその少年はエマの姿を見ると、驚いてそのカプセルの中から出てきたのでございます。

 

「あなたは一体、誰?」
「ぼくの名前は、ユージン」

 

果たしてこの少年は何者でしょうか? 宇宙人? だとしたら彼はどうして言葉が通じるのでございましょう?

 

そこに現れたのが名探偵バルサック・ムーリエ。彼はこのカプセルの調査のために≪極光号≫に招かれたのですが、彼の手腕を披露することもなく、カプセルは開放されて少年もまた外に出てきていたのでありました。

 

そんなことがきっかけで、エマとユージンはともにムーリエの助手となるのでございます。

 

ムーリエは名探偵ですから、当然彼の元には殺人事件の調査の依頼が舞い込むわけで、そしてその殺人事件というのも、当然のことながら密室殺人のような不可解なものばかり。

 

そうしてムーリエとともに殺人事件の解決に取り組むエマとユージンでしたが、二人はこの世界そのものの根底を揺るがす巨大な事件へと巻き込まれてゆくのでございます。

 

その事件とは……、おっと、ここから先は読んでのお楽しみということにしておきましょう。


スチームパンク的世界で繰り広げられる本格推理、それが本書の持ち味でございますが、同時に本書はエマとユージンという少年少女の壮大なる冒険譚でもあります。

 

著者に曰く、「そうですね……うん、早い話が、宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」の本格ミステリ版ですよ!」ってことで、そんなにはっきり言ってしまっていいのかと、私がここまで話してきたのは一体なんだったんだと言いたくなりますが(知らんがな)、まあ要するにそういうことでございます。

 

解説の辻真先は言います。

「ミステリ作家は嘘つきで、SF作家は法螺吹きだ。――誰かのそんな文章を読んだことがある(ぼくじゃなかったよね)。その公式に当てはめると、『スチームオペラ』の作者は、法螺を吹き吹き嘘をつかねばならない。作者の肺活量の問題だ。それも(あいつ、どんなウソをつくかな)と疑いの目で見ている読者にむかって、である」

SFを名乗ることも、本格ミステリを名乗ることも、どちらもいわゆる「(あいつ、どんなウソをつくかな)と疑いの目で見ている読者」を相手にすることでございましょう。

 

そんな一癖も二癖もある読者の自覚がある貴方はもちろん、もっと純朴にハラハラドキドキしたいそこの貴方も、この作者の嘘と法螺の壮大なオペラに酔いしれること、これ必至。

 

本書を読み終えた時、きっとあなたはこう思うことでございましょう。

「ああ、これは確かにスチームパンクでなければならない本格ミステリだ」と。

 

この愛すべき蒸気とエーテルの世界、貴方も推理と冒険してみませんか?


おなじみ芦辺拓著「スチームオペラ」に関する素人講釈でございました。