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文芸素人講釈

古今東西の文芸作品について、講釈垂れさせていただきます。

「文学」を生んだ青年の夢の話。

 

小説神髄 (岩波文庫)

小説神髄 (岩波文庫)

 

 

それでは、講釈垂れさせていただきます。

 

時は明治18年、松月堂という版元から9分冊の冊子が刊行され、世間の注目を集めました。

その冊子こそが本日取り上げる、「小説神髄」でございます。

本書が世間の評判を集めたその理由、それは表紙の右肩に「文学士坪内雄蔵著」という文字が印刷されていたからなのです。

大学を卒業すると与えられる「学士」の称号は今となっては珍しくもなんともありませんが、学位の授与が始まったのが1872年のことですから、まさにインテリの代名詞のような称号だったと言えましょう。

そんな学士様が、よりにもよって「小説」なんぞを語るとは、ということだったのでした。

まあ現在では「文学」と言うと一般的に小説、特に純文学のイメージが強いですが、本書が刊行された明治初期というのはそうではありませんでした。

例えば本書の数年後に発表された山路愛山という歴史家・評論家の「明治文学史」を繙きますと、俎上に上がっているのは田口卯吉の「開化小史」であり、福沢諭吉の「学問のすゝめ」といった具合で、要するに当時文学と言えば哲学や思想、あるいは経済学のことを言ったのでした。

 もちろんその当時にも「小説」なるものが存在しなかったわけでもなく、例えば江戸時代のベストセラー、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」などは広く読まれていたのです。

しかしそれらの小説は「戯作」、女子どもの読む戯言にすぎず、学問に値しない、と言うのが当時の読者の認識でもあったし、また出版者、作者の認識でもあったのです。

 著者坪内逍遥はまさにそんな時代の認識に風穴を開けるために本書を記したのでした。

 

まず最初に著者はこう宣言します。

「小説は、美術(=芸術)である」と。

では、小説が芸術である、ということは一体どういうことでしょう。著者が主張するように戯作が芸術たり得ていないとするならば、それはなぜでしょう。

 その理由は、それらの物語が皆押しなべて「勧善懲悪の物語」だからだ、と著者は主張したのです。いわば、「小説を道徳から解放しろ」と、そう言ったのですね。

まあ坪内逍遥の最大の幸福は、当時SNSが存在しなかったことかもしれませんね。今そんなこと言い出したら「けしからん!」「不謹慎だ!」と言う輩がわんさか出てきそうじゃありませんか。

 さて、とは言え、勧善懲悪の一体何がいけないというのでしょう。それに対する回答として、逍遥は言うのでした。

「それは、キャラクターが類型化するからだ」と。

 そもそも私たちは誰でも、髪の先から爪先まで善人という人もいなければ、悪人という人もおりませんね。それが人間というものです。自分という存在の中に善も悪も抱え込んでいる矛盾こそが人間らしさ、「人情」ってものでしょう。 

しかし道徳上の理由だとか、あるいは物語の都合上キャラクターを類型化させることを優先させると、どうなるでしょう。それでは人情を描くことができず、人情が描けなければ人間を描くことができず、人間を描くことができなければ社会を描くこともできない。そういうことになってしまいます。

こういうのを「絵に描いた餅」と言いますが、逍遥が提唱した「小説は美術なり」とは、決してこういうことではございません。

 ということで著者は本書において作家は「人情」を描くこと、それはつまり現実的な人間を描くべきだ、という「写実主義」を提唱したのでした。そうすることで小説は芸術となり、語るに足るものとなるのだ、と。

 

 ところで作家の水村美苗さんは著書「日本語が亡びるとき」の中でこんなエピソードを語っています。

それは彼女が海外である作家のシンポジウムに参加した時のこと。そのシンポジウムで東欧の小国の作家から「あなたは日本文学というメジャーな言語の作家だから…」と言われてハッとしたというのです。

彼女は日本語というのは結局は日本人しか話さない言語なのだからマイナーな言語だと思っていたのだけれど、そうではなかったと。たとえ日本語は1億人しか話さないマイナーな言語であったとしても、日本文学は世界の中で決してマイナーな文学とは言えない、と。

その日本「文学」というのは、戯作者であり、翻訳者でもあり、なにより当代随一の読書家であった一人の青年が記した本書によってまさに産声を上げたのでした。

その青年が描いた夢、いつか日本から世界に通用する世界文学が生まれる日が来る、という夢が叶えられたことを、現在の私たちは知っています。それがどれだけすごいことなのか、ということはあまり知られていないような気もしますが。

 

逍遥が本書で提示した「文学」そのものには、賛否両論あることでしょう。とは言え、重要なことは彼が無から有を創り出したことです。まるで小説家が現実を超えるフィクションという「文学」を無の中から描き出すように。

それゆえに、本書は日本近代文学の起点となっただけでなく、日本近代文学最初の名著となったのでした。

そう、正しく本書は「小説の神髄」であったのでございます。

 

をこがましとのみ笑ひたまはで、熟読翫昧せられもせば、小説といふ一大美術の至難技たるをば知らるゝのみかは、わが艸冊子の久しからで真成の小説、稗史となるべき道をひらかむ便機となるべし。あなかしこ、あなかしこ。 

 

お馴染み坪内逍遥小説神髄」に関する素人講釈でございました。

 

小説神髄 (岩波文庫)

小説神髄 (岩波文庫)

 

 

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