文芸素人講釈

古今東西の文芸作品について、講釈垂れさせていただきます。

プロレスで 短歌を詠んでみたならば なんだか切なく なっちゃう話。

 

 

えー、本日も一席お付き合いいただきたく、ご紹介したい本は夢枕獏の「仰天・プロレス和歌集」でございます。

 

プロレスと和歌ですよ。もう、なんてミスマッチなのでございましょうか。本書はそんなプロレスにちなんだ和歌がたくさん収録されており、それに対する作者の夢枕獏さんの選評がついているのでございます。

 

そんな本書の魅力を十分にお伝えするには、やっぱり本書に収められた和歌をご紹介するのが一番のいいのでしょうが、まあ、それだけではあまりに芸がございませんので、本日はちょっと趣向を変えてお送りいたしましょう。

 


司会者「さあ、始まりましたメインイベント60分一本勝負、特別ルール「和歌デスマッチ」でございます! 司会は私、古たっち伊知郎、解説は山もっと小鉄さんでお送りいたします。小鉄さん、よろしくお願いいたします」

 

解説者「よろしくお願いします」

 

司会者「さあ本日のメインイベントであるこの勝負、特別ルール「和歌デスマッチ」というものなのですが、小鉄さん、これは一体……」

 

解説者「いやあ、私にもよく分かりませんねえ。聞いたこともありません」

 

司会者「そもそも本日は一体誰が登場するのかすら発表されていない、という異例の戦いなわけですが……、お、そんなことを言ってる間に会場が暗転しました! そして聞こえてくるのはアメリカの西部を思わせる音楽と、そこから一転してのサンライズ!! こ、これは、まさかまさかのスタン・ハンセン登場だ―!!」

 

解説者「スタン・ハンセンはアメリカ人ですが、そもそも和歌が何か知っているんでしょうか?」

 

司会者「分かりません! 分からないけれど会場はすでにヒートアップしております! そしてスタン・ハンセンに立ち向かうのは一体誰なのか?……この音楽は、「スパルタンX」です!! スパルタンXと言えばあの人しかいない! すでに会場からは三沢コールが鳴り響いているぞ!! そして小橋健太と川田利明を引き連れて、三沢光晴の登場だ―!」

 

解説者「これは、かつて全日本で繰り広げられた死闘がもう一度見れるかもしれませんねえ」

 

司会者「観客もまさにそれを待ち望んでいるところであります。さあ三沢がリングに上がりました! リング上で睨み合う両者、ここから一体どんな戦いが繰り広げられるのでありましょうか!」

 

解説者「まったく予想不可能ですね」

 

司会者「さあ、まずは三沢、スタン・ハンセンをロープへと投げて、そして……マイクを取った―!!」

 

「プロレスを八百長と言う評論家に 一度かけてやりたいアキレス腱固め」

 

司会者「こ、これは、なんてプロレスへの愛のこもった和歌でしょうか!! そしてレスラーの憤りも感じさせます! スタン・ハンセンも共感して相当ダメージを食らった様子です!」

 

解説者「スタン・ハンセンは日本語がちゃんと理解できたんですねえ」

 

司会者「ハンセンも負けてはいません! 三沢の後ろを取って、そしてそのまま……やっぱりマイクを取る!」

 

「しのぶれど色にいでにけりわが痛み ギブアップかとひとのとふまで」

 

司会者「こ、これは意外にも純和風だぞハンセン!! 三沢も予想外の展開に慌てふためいております!」

 

解説者「ハンセン、日本語の発音も上手ですねえ。そんな一面があるとは知りませんでした」

 

司会者「三沢も負けていません! マイクを取り返し……」

 

「横ざまに 歪んだ顔の透き間より もれいづるギブアップの声のさやけき」

 

司会者「三沢、まさかのハンセンに対する返歌です! これぞまさに一進一退の攻防!!


 おーっと、ここで会場が再び暗転! まだ誰か登場するのでしょうか? 鳴り響くのは、「スカイハイ」! そしてスカイハイと言えばこの人、ミル・マスカラスの登場だ―!!」

 

解説者「メキシコ人にも和歌が分かるんでしょうか」

 

司会者「そして反対サイドからもまた一人登場する様子! 今度現れたのはなんと、ジュニアの象徴、獣神サンダーライガーだ!!」

 

解説者「これは、ルチャ・リブレの世代を超えた戦いとなってきましたね」

 

司会者「さあ、リング上に現れた二人の伝説的なジュニア選手、一体どんな空中和歌を炸裂してくれるのでしょうか? まずはマスカラス、コーナーポストによじ登って……マイクを取った!」

 

「スイシーダ自爆したる友に 負けてやるきっかけ遠のきぬ」

 

司会者「おーっと、これは正にジュニアの選手ならではの和歌! アクロバットな技には失敗がつきものであります! しかしライガーも負けてはいません!! ライガーもマイクを取って……」

 

「このマスクよりも派手な技で 勝たねば許してくれない観客がおそろしい」

 

司会者「おーっと、しかしこれはマスカラスにしかダメージを与えていない! マスクマンの悲哀は他の選手たちにはあまり伝わらなかったようです! いや、しかしもう一人だけダメージを受けているぞ! 三沢だ! 三沢がダメージを受けています!」

 

解説者「タイガーマスクだった頃を思い出したのでしょうねえ。経験が仇となりました」

 

司会者「おーっと、ここでまたしても会場が暗転! 今度は誰が登場するのでしょうか? 会場内に響き渡るのは三味線と笛の音! そうです! 和歌と言えば日本の伝統の文芸! 東洋の神秘!! そして東洋の神秘と言えばこの人、ザ・グレート・カブキでございます!! さあカブキ、今回も般若の面に赤い獅子兜で登場してきました! 何やら不穏な空気が流れております!


 そして反対サイドから現れたのは……、おーっと、あれはグレート・ムタだー!! アメリカではカブキの弟子という設定で活躍していたムタ、地獄から甦ってまいりました! 今回もまた夢の競演であります!!」

 

解説者「二人には毒霧ならぬ毒のある和歌を期待したいところですねえ」

 

司会者「さあこの二人は一体どんな和歌を繰り出すのか! まずはカブキがマイクを取って……」

 

「チェーン振り回しても逃げぬガキが笑っている 次は本当にくらわしてやろうと思う」

 

司会者「おーっと、いるぞー、こういう子!! どうしたらいいかレスラーが困ってしまうこういう子、いるいるいるー!! これは強烈な一首であります! そしてもちろんムタも負けてはいません! ムタの別人格である武藤敬司はプロレスマスターと呼ばれていますが、果たしてムタは和歌マスターでもあるのしょうか? さあ、ムタ、マイクを取って……」

 

「マットに寝てきみを待っている フライングボディプレスという技のもどかしさ」

 

司会者「おーっと、これは言っちゃいけない! 言っちゃいけないぞムタ!! 待ってるんじゃありません! ダメージで動けないのであります! やはりヒールであります!! 痛いところを突いてきます!!」

 

解説者「ムタの決め技もフライングボディプレスなんですけどねえ」

 

司会者「さあ、まだまだ登場するようであります! 会場内に響き渡るパワーホール! 今度は長州力が、馳浩佐々木健介、そしてなぜか北斗晶も引き連れての入場です!!」

 

解説者「馳は元文部科学大臣ですからねえ。しっかりレクチャーを受けたんじゃないでしょうか」

 

司会者「そしてもう一方から登場したのは、天龍源一郎だ!!」

 

解説者「天龍は元力士ですからねえ。日本の伝統を感じさせる和歌を期待したいところです」

 

司会者「さあ、長州、あいさつ代わりに一首かましたいところですが、まずはマイクを奪い取って」

 

「狂器をば見つけられないわけではないが 知らぬふりの父をあはれに思ふなみちこ」

 

司会者「おーっと、これは、父の愛を感じる歌だ―! 長州力にも娘がいるようですが、こんな経験があるのでしょうか! そして長州の娘の名はみちこなのでしょうか!


 天龍も負けてはいません! すかさずマイクを奪い取って……」

 

「○◇#$≪ +*<>&%# G=~|$# 」

 

司会者「こ、これは、滑舌が悪くて何を言ってるのか分からない! 何を言ったんだ天龍! しかしなぜかリング上の選手たちはダメージを受けている様子です!」

 

解説者「まあ、それを言えばレスラーはたいてい滑舌が悪いですからねえ。むしろ今までちゃんと聞きとれていたのが不思議です」

 

司会者「さあ、全く予想不可能となってきましたこの試合、ここから一体何が起こるのでしょうか。


 おーっと、そんなことを言っているとまた会場が暗転! これ以上誰が登場するというのでしょうか?


 スクリーンに映し出されたのは選手の控室! 誰がいるのか! 虹色のガウンが見えるぞ! そしてそのガウンには闘魂の二文字が!! まさか、まさかあの人なのでしょうか!!


 会場内にはボンバイエが鳴り響きます! 観客たちもかなり盛り上がっています! 本物でしょうか! 春一番ではないでしょうか? いや、違う! 本物だ!! 本物のアントニオ猪木の登場だ―!!」

 

解説者「異種格闘技戦と言えば猪木ですからねえ。でも、これって異種格闘技戦なのでしょうか」

 

司会者「さあ、そしてリングに上がった猪木、一体どんな和歌を繰り出すのでしょうか? まずはマイクを手に取って……」

 

「少年よ 迷わず行けよ 行けば分かるさ」

 

司会者「おーっと、これは和歌じゃないぞ! これは有名な猪木のポエムだ!! しかしリング上の選手たちは全員ダウンした!! あまりの予想のつかない展開に、相当ダメージを受けた様子です!!」

 

解説者「いやあ、猪木VSモハメド・アリ戦を彷彿させますねえ」

 

司会者「そしてカウント10がコールされました! 勝者は猪木! 和歌を詠んでないのに猪木が勝者です!! これでいいのでしょうか? 分かりません! 猪木はまだマイクを手放さない!」

 

猪木「元気ですかー! 元気があれば何でもできる。元気があれば和歌も詠める。行くぞー! イーチ、ニー、サーン、ダーーーー!!」

 

司会者「もはや会場の興奮は収まりません! 一体何が起こっているのか、わけが分かりません!! しかしこれでいいのでしょう! これがプロレスだ! そしてこれがエンターテイメントだ!! 


 ということで、熱い戦いをお届けしてまいりましたが、ここでお時間となりました。テレビの前の皆さん、またお会いしましょう! さよーならー!!!」

 


……えーっと、そういうわけで、本書の魅力とそしてプロレスの魅力が伝わりましたでしょうか? 

 

おなじみ夢枕獏著「仰天・プロレス和歌集」に関する素人講釈でございました。