不条理さを目の前したら、そこに正解なんてものはないという話。
えー、相も変わりません。本日ご紹介したいのは、こうの史代著「夕凪の街、桜の国」でございます。
本書の内容を一言で言えば、原爆が投下された広島の人々の物語です。
本書は「夕凪の街」と「桜の国」という2つの作品からなっており、「夕凪の街」は終戦直後に被爆した女性の物語、そして「桜の国」は舞台を現代に移し、その被爆した女性の姪っ子の物語となっています。
この作品の中で最も心を揺さぶられるポイントは、やはり「夕凪の街」における主人公の女の子の最後の台詞でしょう。
たくさんの家族や知人を原爆によって奪われた彼女は、それでも自分は生き残ったと思っていた。生き残ってしまったと思い、どこかそのことに対する罪悪感を抱えながら終戦後の日々を送っていたのです。
しかしやがて彼女自身も被爆していたことが明らかになります。そうして職場の男性からプロポーズを受けていたのですが、彼と幸せな日々を過ごせるようになる前に死んでしまうのです。
その死の間際、彼女は思います。
「嬉しい?
十年経ったけど、原爆を落とした人は、私を見て
「やった!また一人殺せた」と、ちゃんと思うてくれとる?
ひどいなぁ。
てっきり私は、死なずにすんだ人かと思ってたのに。」
この台詞の中には、本当に、たくさんの複雑な思いが込められていると思うのです。
まず最後に彼女は
「ひどいなぁ。
てっきり私は、死なずにすんだ人かと思ってたのに。」
と言っているけれど、果たしてそれは本心なのか。もちろん本心なのだけれど、多分そう言いながら、どこか罪悪感から解放されてほっとしてるような、そんな思いが込められているような気がするのです。
そして最初の方の台詞。
「嬉しい?
十年経ったけど、原爆を落とした人は、私を見て
「やった!また一人殺せた」と、ちゃんと思うてくれとる?」
というところ。これも、果たして本心なのでしょうか。
だって、そうではありませんか。はっきり言ってしまえば、「そんなわけないよ」ということです。広島や長崎に原爆が落ちました。ではその原爆を落とした兵士は、あるいはそれを指示したアメリカは、そしてそもそも原爆を開発した科学者は、広島や長崎を憎み、あいつらを一人でも多く殺してやると、そう思って投下したのでしょうか。
そんなわけはないですよね。原爆は、広島や長崎が、あるいは日本という国家が対戦国であるアメリカから「憎まれていたから」投下されたんじゃないんです。
むしろもっと単純に、「ただ戦争とはそういうものだから」投下されたのです。
極端に言えば、彼らは原爆を投下すればどうなるかということについて、ほとんど何も考えていなかった。いや、あるいはその時彼らが考えていたのは、自分の家族のことであったり、国家のことだったのです。たとえそれが「憎しみ」や「怒り」であったとしても、「相手」のことを考える余裕など誰にもなかったのです。
でも、そんなのは辛すぎるじゃないですか。そんなことで殺されるなんて、あんまりじゃないですか。
だからそうじゃないんだよね、あなたたちは私たちが憎かったんだよね、だからこんな目に遭わせるんだよね、そうだと言ってよ、っていう心の叫び。
私はそのことこそが、この原爆という事実における現実であると思います。
例えば、あなたの大切な人が誰かあるサイコパス(私はこの言葉嫌いなんですけど)によって殺されたとしましょう。
その犯人があなたの大切な人を殺したのは、別に恨みでも怒りでもないのです。多分その犯人の中の理屈の中で、そうするべきだったからそうしたのでしょう。
その時あなたはその犯人の理屈を受け入れることができるでしょうか。
できませんよね。
あなたはきっと、自分の怒りをその犯人に向かってぶつけるでしょう。
でもそのうち、あなたは段々と空しくなってしまう。
なぜならその怒りが決して相手には届かないことが分かるから。犯人はあなたにとってただただ不条理なだけの存在だからです。
でもあなたにとってできることは、決して相手には伝わるはずのない怒りを持ち続けることだけなのです。
「夕凪の街」で描かれていることも、そういうことだと思うんです。
主人公の女の子が死ぬ間際に発した台詞、それが間違っているということくらい、本当は彼女は分かっているんです。
でも、それでも、間違ってると分かっててもそう言わざるを得ないという現実。
現実というものの不条理さ。
時折戦争の話になると、ご自分は現実主義者だと自称する人が「戦争もまた一つの手段だ」というようなことを言ったりします。
そういう時私は、本当に心の底からその人の「現実」の薄っぺらさが愚かだと思うのです。
「戦争」が「不条理」であるという「現実」を知らないから、そのようなことが言えるのです。そして平和主義者を「現実逃避」と嘲笑う。
たとえ戦争に巻き込まれても、その人は多分、ご自分の理性を保っていられると、そう思っておられるのでしょう。そのことがもう、ちゃんちゃらおかしい。戦争状態ではない今この時ですら、感情的な煽り文句に心動かされているくせに。
本当に「現実逃避」しているのは一体誰なのか。「現実」の不条理さに対する認識が甘いのか、あるいは直視するのが怖いから「たいしたことはない」と思い込もうとしているのは一体誰なのか。
私は兵隊になったことがあるわけではありませんが、でも別に兵隊になったことがなくったってこれだけははっきりと言えます。
もしもあなたが兵士となった時、あなたは敵の兵士かあるいは一般人を殺すことになるかもしれない。
でも、その時あなたは決して「憎しみ」や「怒り」の感情によって殺すのではない、と。
そんな風に思っているのだとしたら、それこそくだらないフィクションの見すぎであるか、あるいは戦争をスポーツか何かと勘違いしているのでしょう。
憎しみや怒りによって相手に危害を加えたり加えられたりしたのなら、人は誰でも自分で自分に納得することができます。
でももしそうではないとしたら?
ただ「戦争」という舞台を与えられただけで、私たちはいとも簡単に不条理なことをしてしまうのだとしたら?
あるいはその時、あなたやあなたの大切な人がそのような不条理さの犠牲者になってしまったとしたら?
本書に収められた2つの物語は、そういうことだと私は思うのです。
そしてこの物語に「答え」なんてものはありません。
不条理さを目の前にした私たちがどんなことを思おうと、どんなことをしようと、そこに正解なんてものはないのですから。
それが「現実」。
だからそんなことは二度と繰り返してはならない。
そういうことだと、私は思うのです。
おなじみこうの史代著「夕凪の街 桜の国」に関する素人講釈でございました。
地獄で神を見る話。
えー、相も変わりません。相も変わりませんが、本日はまじめな話を一席。 大岡昇平の「野火」をご紹介したいのでございます。
太平洋戦争時、フィリピンのレイテ島。主人公の田村一等兵は肺病を患ったため、わずかな食料を渡されて隊を追い出され、野戦病院へと向かいます。
しかしすでに敗色濃厚なこの時、病院でも手持ちの食料が尽きた病人を置いておく余裕はなく、彼は再び隊へと戻ります。
もちろんそこで迎え入れてもらえるはずもなく、分隊長は言うのでした。
「馬鹿やろ。帰れっていわれて、黙って帰ってくる奴があるか。帰るところがありませんって、がんばるんだよ。そうすりゃ病院でもなんとかしてくれるんだ。中隊にゃお前みたいな肺病やみを、飼っとく余裕はねえ。病院へ帰れ。入れてくんなかったら――死ぬんだよ。手榴弾は無駄に受領してるんじゃねえぞ。それがいまじゃお前のたった一つの御奉公だ」
そうして彼は病院へ戻りますが、当然入れてもらえるはずもなく…。
病院のまわりには、同じように軍からも病院からも追い出されて周りでぶらついている兵士たちがいます。彼もその中に混じって、ただ「がんばって」坐りこんでいました。
その時、米軍が空から病院を爆撃、彼は命からがらその場を逃げだします。
やみくもに山のなかへ逃げ込みさまよっているうちに、彼は一軒の小屋を発見しました。
もはや空き家となったその家の周りには畑がありました。恐らく現地人がそこで暮していたものの、戦場となったために捨てて逃げだしたのでしょう。
畑には芋や豆がありました。この戦場の楽園のような小屋で彼は身を隠すのです。
ある日彼は山の頂に光るものを見つけます。それは十字架でした。
そこは恐らく教会で、周りには現地人たちの集落があるのでしょう。
その晩、彼は夢を見ます。それは、こんな夢なのでした。
彼がある村の中を歩いていると、目の前に大きな教会があります。
中に入ると、どうやら葬儀をしている様子。
彼は現地人の群れをかき分け棺桶に近づき、一体だれが弔われているのか、覗きこみます。
すると、そこに眠っていたのは彼自身なのでした。
では、一体俺は誰なのだろう? 彼はそう思います。そして気づくのでした。
そうか、今の俺は魂なのだ。俺はもう、死んでいるのだ、と。
その時、棺の中で死んでいるはずの彼の死体がふと口を開き、呟いたのです。
「De profundis clamavit――われ深き淵より汝を呼べり」と。
翌朝、目覚めた彼はその教会をめざし、小屋を出ます。
そうして彼が出会うのは、神なのか。
もちろん、そんなはずはないのです。
それは、この先も永遠に続く無間地獄の始まりに過ぎないのでした……
この作品は一般に「戦記文学」「戦争文学」と呼ばれています。
しかし本書の解説において、吉田健一はこう述べているのです。
「野火」では、大岡氏のそれまでのどの作品にも増してそういう、それこそ小説の本領である実験が行われていると。
つまりこの作品において、乱暴に言えば「戦争」というのは一つの舞台設定にすぎないということです。
作者が描こうとしたものはなにか。それは「戦争」すらも一つの条件でしかあり得ないような、より普遍的で、より形而上的な問いです。
すなわち「神」とは何か、ということ。
それは旧約聖書のテーマと通じるのかもしれません。なぜ人間はエデンを追放されなければならなかったのか。なぜ神は人間に過酷な試練を与えるのか。
人間は神を呼べば呼ぶほど、深い淵のなかへ落ちていく……なぜ?
なぜ平和のために戦争をしなければならないのか。なぜ己が生きるために人を殺さなければならないのか。なぜ人を喰ってでも人は生きたいと願うのか。もし生還できたとしても、残りの生涯を罪の意識を抱えて生きなければならないのに、それでも生き続けたいと願うのはなぜなのか。
なぜ? なぜこの世は地獄なのか。「神」を求めてしまうほどに。
野火、山の中から空へと昇ってゆく煙がそこにあるということは、すなわちその下には人間がいるということです。
そこに人間がいるということは、そこに地獄があるということです。
「われ深き淵より汝を呼べり」という旧約聖書の言葉は、次のように続きます。
「われ山にむかいて目をあぐ、わが助けはいずこより来るや」
もしも戦場という地獄に「神」がいたとして、そしてその「神」の一人子イエスが人間の姿となってその戦場に遣わされたとしたら、「彼」は飢えた兵士にこう言うかもしれません。
「俺を殺して、そして喰え」と。
その時、その言葉に従うのが信仰なのでしょうか。
それとも、その言葉に抗うこと、それが信仰なのでしょうか。
そこでこの物語を書き始め、そしてこの物語は最後、こんな言葉で締めくくられるのです。
「神に栄えあれ」
それは戦争が過ぎてもなお、彼が「深い淵」にいることを示しているのでしょう。
「はじめに言葉ありき」と聖書は書いています。そして神は自分の姿に似せて人間をつくったのだ、と。「神」が人間をつくったのだ、と。
しかし戦場で「神」を問うこの物語は、私たち読者をある一つの答えへと導きます。
この物語が描き出す矛盾、「なぜ?」の答えはきっと、たった一つしかない。
それはつまり、こういうこと。
「この世界に「神」などいない。それは過酷な状況におかれた我々人間がつくりだすものだ。逆に言えば「神」が存在するということは、この世界が地獄であることの証明に他ならないのだ」
「神」はまた同時に、「お国のために死ね」と矛盾を突きつける「国家」でもあるのでしょう。
そしてこの結論は、さらに恐ろしい推論へと読者へ導くのです。
もし野で人が暮らすならば必ず火を起こす=野火を生むように、「神」や「国家」というものが人が生きていく上で絶対に必要なものであるとするならば……。
その先を敢えて言おうとは思いませんが、もしこの作品が描き出した結論が間違っているとするならば、そこにはまた「なぜ?」が生まれてしまうのです。
「なぜ、戦争はいつも「神」や「国家」の名目のもとに行われるのか」と。
その答えは結局、「神のみぞ知る」のかもしれない。
たとえ人間がその答えを知りえたとしても、この「深い淵」、地獄から抜け出せるわけではないのだから。
おなじみ大岡昇平「野火」に関する素人講釈でございました。
正しい理屈どうしでぶつかり合うのが世間な話。
えー、相も変わりません。本日も一席バカバカしい話にお付き合いいただきたく。本日ご紹介する作品は、幸田露伴著「五重塔」でございます。
文豪幸田露伴の代表作にして、日本文学史上屈指の名作の一つとも言えるこの作品、まずはあらすじをご紹介しましょう。
時は江戸時代、谷中にある感応寺というお寺で五重塔建立の話が持ち上がりました。そうなると当然界隈で話題に持ち上がるのは、一体どの大工がそれを請け負うのかということ。
当時谷中で最も評判が高かった大工が川越の源太で、彼は感応寺改築の際にも仕事を請け負ったいきさつもあり、おそらく今回の五重塔も彼に言いつけられるだろうと誰もが思っていたのです。
ところがそこに「是非自分にやらせてほしい」と直接寺の上人様に願い出た者が現れました。その男の名は十兵衛、流れの大工であった彼は一昨年に源太に拾われた男。腕は立つものの小才が利かず、人付き合いも上手にできないため周囲からは「のっそり」と呼ばれて軽んじられていた男です。
十兵衛は上人様に訴えます。自分は大工の腕には自信があるが、人付き合いが上手にできないゆえうだつが上がらずにいる。それゆえ五重塔のような後世に残る仕事も、自分には回ってくることはないだろう。ただ自分の技術の証として、自分の作った模型を見てくれないか、と。
そうして十兵衛がこしらえた五重塔の模型を見て、上人様は驚き感嘆するのです。これほどの腕を持ちながら、ただ人と上手くやっていけないという理由でこの男が世に出ることもなく消えてしまうというのは、あまりに残念だと。
しかし一方で源太への義理もあります。また源太の方も、決して腕の劣った大工というわけではない。そして大工仕事にとってとても大切な人望もある。
困った上人様は十兵衛と源太の二人を呼びつけ、よくよく話し合って解決するようにと言い渡すのでした。
さて、ここからですね、十兵衛の無愛想、ぶっきらぼうぶりが炸裂するわけです。そりゃこいつはダメだわと。読んでいる人はもう、みんな十兵衛にいらいらすることでしょう。
まず、寺から帰った日に源太は家で十兵衛が来るのをずっと待つのですね。上人様はよくよく話し合えと言ったのだから、話し合うのならまあ十兵衛は自分のところに来るだろう、と。一応上司的な立場なわけですから。
ところがいつまで経っても十兵衛は来ない。仕方ないので源太はわざわざ十兵衛のところまで自らで向いていくのです。もうこの時点で源太は内心「キーッ」なわけですね。
そして源太は十兵衛のこともよく慮った上で、こう提案するのです。そういうことなら、二人で今回の仕事を分けようではないか、と。これも、彼的にはずいぶん譲歩した意見だったのですが、しかし十兵衛は言うのでした。
「十兵衛、それは嫌でございます」
これを聞いた源太はもう、また「キーッ」となるのです。十兵衛の妻も、必死に説得するのです。今までお前はどれだけ源太親方の世話になってきたと思っているんだ、どうか引き受けてくれないか、と。しかし十兵衛は聞きません。
そこで源太は「そうか、よし分かった」と。そこまで言うなら俺もさらに譲歩しよう、お前が親方になって俺がお前に従うならいいだろう、と。源太はそこまで言うのですが、しかしやはり十兵衛は嫌だの一点張りなのでした。
で、まあ多くの人はね、十兵衛はほんとに自己中の困ったやつだと、そう思うかもしれません。
しかし本当にそうなのか。
ここで十兵衛にとっての理屈を考えてみた場合、彼が最も重視しているのは何よりも「職人としての道理」なのですね。で、その道理に立って考えてみた場合、一つの仕事を二人で分け合うというのは、絶対に「なし」なのです。だから彼は源太の意見を受け入れないわけですが、果たしてそれは本当に自己中だと言えるのか。
私はね、もしかしたら、ある意味源太の方が自己中なのかもしれないと思うのですよ。「世間の理屈」というものを前に出すことで「職人の理屈」を押し曲げようとしている、と。で、源太自身そのことを分かっているから、やっぱり最終的には十兵衛に譲らざるを得ないのですね。
なんかそういうところがですね、この話の面白いところなのですねえ。世の中には色んな道理があって、それぞれがそれぞれにそれぞれの立場では正しいのです。にも関わらず、その正しい理屈がぶつかり合うのがこの世間だと。
で、十兵衛にしても源太にしても、どこかそこを分かっているのがこの二人の魅力的なところだと私は思うのですよ。これがね、よくいるじゃないですか、本当は自分のことしか考えてないくせにいかにももっともな理屈を並べ立てる人って。で、周りはなんとなくそのことに気付いているから正直心の奥では辟易してるんですけど、当のご本人だけなぜかそのことに対してだけは鈍感で「自分は賢い」と思って悦に入ってるっていう。ま、誰とは言いませんけど。いやですねえ、そういう人。
でもね、人間は結局そういった「自分の道理」というものから逸脱することはできないんですよね。職人は「職人の理屈」から抜け出せないし、誰かの奥さんは「妻としての理屈」から抜け出すことはできない。それが人間の悲しさであると同時に、面白さでもあるのでしょう。
そういった世間の不条理というもの、そういうものを否定するのではなくしっかりと受け止めて、それでも耐え抜くこと、そんな人間の姿に、露伴は「理想の人間像」を見たのだと思うのですね。
そしてそれこそが「五重塔」である、と。
ところで、本書は古文体で書かれていることに加え、その内容の深さ濃さから言っても、大人であっても読むのに苦労する作品だと思います。しかし私は今年甥っ子たちの読書感想文の課題図書として本書を推薦したのでした。
そして彼らは見事読みきって読書感想文も完成させた!! 中学生で幸田露伴なんて、たいしたものだとオジバカの私は一人喜んでおります。
甥っ子たちよ、おじさんは君たちを誇りに思うぞ!
おなじみ幸田露伴著「五重塔」に関する素人講釈とおじさんののろけでございました。
古今東西の口説きの名文句を集めた話。
えー、相も変わりません。本日も馬鹿馬鹿しい話を一席。
本日ご紹介したい本は、現代言語セミナーの「口説きの言葉辞典」でございます。これがどういう本かと申しますと、古今東西の小説や映画、歌謡曲などから様々な口説き言葉を集めた一冊なのでございますねえ。
で、愛の告白からベッドイン、プロポーズにいたる口説き言葉が本書には収められており、あと最後には小説などの中に登場したり、あるいは有名人が実際に送ったラブレターなんかも収められているわけでございます。
で、実際に読んでみると意外に思ったのが、結構女性の言葉が多いのですね。なんでしょう、私「口説く」と言えばなんか男性がするもののように思っていたのですが、意外とそうでもないようで。昨今は草食男子とか肉食女子とか言われていますが、実際のところは昔から草食系は草食系だし肉食系は肉食系だったんでしょうね、男女に関わらず。
まあ、でもあれなんですよね、私あんまり女性からグイグイ来られるのは苦手でして、そういう場合には気づかない振りして避けて生きてきたタイプなんですが、でも本書で見つけましたね、この言葉を女性に言われたら私はイチコロになるなって言葉。
それはこんな言葉でございます。
「本当に私の命のためにすべてを棄てることができて」
これは連城三紀彦の「野辺の露」の一節だそうで。いいですねえ「できて?」という、この最後の「て」が好きですねえ、私は。
こんなのもありますねえ。大原富枝の「鬼のくに」から。
「あたしがあなたを好きになったことを、悪いことだと思って?」
うん、やっぱり「て」がいいわ。
さて、男性側の言葉だと、私が一番いいなと思ったのは、三浦哲郎著「忍ぶ川」のこれなんてどうでしょう。
「七時を六時にしてくれないか。待つ時間がたまらないのだ」
良くないですか、これ? なんか思いが伝わるでしょう。
あとはそうですねえ、まあ私の中でよく女性を口説いてそうな人と言えばやっぱり太宰治なんですが、そんな彼の代表作「人間失格」から。
「この野郎。キスしちゃうぞ」
……何を言っているんでしょうか、この人は。てか、「人間失格」って、そういう話でしたっけ。
それでは今度はお友達の檀一雄さん「火宅の人」から。
「老眼でも好いとるよ。頭がツルツルに禿げ上がっても、好いとるよ」
な、なんか重いわ。
まあ、後はやっぱり難しいのはベッドに誘うときの言葉ですよねえ。一体どんな言葉を言えばいいのか。
そこでまずはしょっちゅう女性をベッドに誘っていそうな吉行淳之介さんの「夕暮れまで」から。
「脱がしちゃうぞ」
いいですねえ、ストレートで。あんまりね、余計なこと言うと気持ちが冷めますからね。
もう一つ、吉行淳之介さんで今度は「街の底で」から。
「耳の穴をほじってくれないか」
いや、なんかもう、よく分からんです。よく分からんけど、なんかすごい気がする!
さてさて、そんなわけで、本書は私にはあんまり参考にならなさそうなのですが、でもそうだ、あれですよ、私も近年は正月に親戚のおじさんに会うたびに「結婚せんのか」「このままでいいと思っているのか」と説教されるのでありまして、まあこのままでいいわけないよなってことでいつかはちゃんとプロポーズしなきゃならんと思ってるわけです。
ということで、みんなどんなプロポーズをしているのかしらん、参考にしてみよう!
まずは福永武彦の「夜の時間」から。
「いいかい、僕が神だ、運命なのだ」
あかん、こんなこと言ったら殺されるな。関白宣言のさらに上を行っている感じがさすがですねえ。でも私はとても言えないw
これはどうですかね。有名な堀辰雄の「風立ちぬ」から。なんかいいこと言ってそうでしょ。
「それより他のことは今のおれには考えられそうもないのだ。おれ達がこうしてお互に与え合っているこの幸福――皆がもう行き止まりだと思っているところから始っているようなこの生の愉しさ、――そう云った誰も知らないような、おれ達だけのものを、おれはもっと確実なものに、もう少し形をなしたものに置き換えたいのだ。分かるだろう?」
……いや、分からん! ていうか長い! 却下!!!
えー、というわけで、やっぱり私にはあんまり参考にならなかった一冊でしたが、あなたにはそうでもないかもしれない!
で、本書には最後に小説の中に登場したり、有名人達が書いたラブレターが収められているのですが、その中からオススメのものをご紹介しましょう。
まずはモーツァルトが恋人に送った手紙。
「一体全体お前は、ぼくがお前を忘れたなんて、ただ想像するだけにしろ、どうしてできるのか? そんなことが、ぼくにあって堪るものか。そんなことを想像した罰として、最初の晩も、お前のその可愛い、キッスをしたくなる尻っぺたを、したたか打ってやるからね。それを覚悟しておいて」
イヤーン(*/∇\*)。何を言ってるんでしょうかモーツァルトは。でもなんか、モーツァルトでよかったよ。これがバッハだったらなんかもう…。
あとはこの恋文が好きでしたね。ロシアの文豪ドストエフスキーが妻アンナに送った手紙から。
「わたしの大事な宝、しっかりとお前を抱きしめて、数限りなく接吻する。わたしを愛しておくれ、わたしの妻でいておくれ。ゆるしておくれ、悪いことはいつまでもおぼえていないでね。だってわたしたちは一生涯、いっしょに暮らすのじゃないか」
「悪いことはいつまでもおぼえていないでね」って、一体何をしでかしたんでしょうね、ドストエフスキーw でもなんか可愛いぞwww
というわけで、おなじみ現代言語セミナー編「口説きの言葉辞典」に関する素人講釈でございました。
鳥山明先生が、とにかくすごすぎる話。<うんちつんつくつん篇>
えー、相も変わりません。本日も一席、お付き合いいただければと思うわけでございます。前回に引き続き、鳥山明先生がとにかくすごすぎる、という話でございます。
前回の話の肝は、鳥山明先生は「目に見えないものを、いかにもそうであるかのように描いてみせた天才」というところにありました。
しかし、今回はまったく逆でございます。実は、鳥山先生は「目に見えるものを、(本当はそうでないにもかかわらず)いかにもそうであるかのように描いて見せる天才」でもあるのでございます。
そのことを証明している絵を、きっと誰もが見たことがあるでしょう。
その絵とは……
うんちです!!(お食事中の方ごめんなさいね)
断言いたしましょう。鳥山明先生の絵の神髄、それはうんちにあるのです。
このうんちは、「Dr.スランプ」においてアラレちゃんがつんつくつんするガジェットとして非常に重要なものであります。うんちなくして「Dr.スランプ」なし! と言っても過言ではないでしょう。
しかしですよ、皆さんよく考えてみてください、こんなうんち、見たことがありますか?
これ、よく見たらうんちじゃないですよ。ソフトクリームですよ、これは。そうじゃありません? しかもなんでピンクなんだよ。どんな病気なんだよ、という話です。
こんなうんちをしようと思ったらですね、すっごい長いうんちをしながらお尻をぐるぐる回すとか、あるいは……いや、もうやめときましょうか(汗)
とにかくですね、この絵は本来うんちではないです。うんちとは似ても似つかないものなのです。私はこんなうんち、生まれてから一度もしたことがない!
にもかかわらず、今ではこのソフトクリームみたいな形こそ「ザ・うんち」になっている。これは明らかに「Dr.スランプ」以降のことです。
(正確に言うと、最初にとぐろ巻きうんちが描かれたのは17世紀のフランスの版画家ベルナール・ピカールによる「調香師」だそうです。で、マンガに描かれたのは1971年、とりいかずよしの『トイレット博士』だと言われています)
フランスの版画家ベルナール・ピカールによる「調香師」
で、問題はなぜこのピンクのソフトクリームがうんちに見えるのか、ということなんですよ。
それは、マンガの絵というものが、いわゆる絵画の絵とは別のものだからです。
マンガの絵というのは、実は本来「絵」ではないのですね。では何なのかというと、「記号」なのです。
分かりやすい例で言えば、肖像画と似顔絵の違いです。
絵の技術というのは、卓越していくと写真に近づいていきますよね。だから優れた肖像画と言うのは、まるで写真のような肖像画のことです。
でも優れた似顔絵というのはそうではありません。優れた似顔絵というのは、その人の顔のある部分を強調し、一方である部分を省略することによって描かれるわけです。
だからマンガというものは、例えば手塚治虫の絵なんかを見れば分かるように、本来情報量が少ないものなんですよね。強調と省略をするから。要するに、誰でも描けそうなシンプルな絵、と言いましょうか。
で、例えば大友克洋が出てきたときにみんながびっくりしたのは、この人があくまでもマンガのフィールド上にいながら絵画の技術を持っていたことにあるんです。
(ここ余談ですが、ちょっとだけ。手塚治虫が最初にマンガに映画的手法を取り入れたわけですが、彼はマンガを「紙で読める映画」にしたかったんですよね。そしてそれを後のマンガ家もみんな模倣したわけですが、残念ながら手塚治虫自身をはじめ、みなマンガの画力はあっても絵画の画力はあまり持ち合わせていなかった。だから、本来なら「紙で読める映画」を目指すなら風景などはマンガ的であるよりも絵画的であった方がいいのですが、それができなかったのです。ところが、そこにマンガの画力と絵画の画力を持ち合わせた大友克洋が現れた。で、みんな「ああ、そうか、これが手塚治虫が本当に描きたかったものなのか」となってびっくりした、ということなんですよね。だから大友克洋の登場に一番衝撃を受けたのは、実は手塚治虫だったのです。自分一番やりたかったことを、違う人間にやられちゃった。他人の作品を見て、「ああ、これを俺はやりたかったのか」と思い知らされた。あのマンガの神様がですよ。こんな屈辱はないですよね)
マンガ絵というのは強調と省略による記号ですから、ディテールをたくさん書き込んでいけばその分絵画に近づいていくわけです。シリアスなテーマを描こうとした劇画がその良い例と言えるでしょう。
そこでちょっと下の絵を参照していただきたいのですが、鳥山先生によるこの絵、恐ろしく細かいディテールが描かれていることにお気づきでしょうか。
で、ここが重要なポイントなのですが、これだけ細かいディテールを描きこんでいるにもかかわらず、この絵はあくまでも「マンガ」なのです。
ではなぜこの絵は「マンガ」なのか。
それは、絵画の画力というものが技術的な問題であるのと違って、マンガの画力というのはセンスの問題だからなんです。
対象のどの部分を強調し、どこを省略するか、というセンスがマンガ絵の個性を決定しているわけです。
ですから、マンガ家というのはたいてい誰から影響を受けた、というのがすぐ分かりますよね。「あ、竹宮恵子は手塚治虫が好きなんだな」とか、「井上雄彦は北条司のアシスタントをやっていたな」とか、言われたら「あ、そうだね」って分かるでしょう。それはマンガ絵はセンスの問題だから、模写するときにそのセンスも一緒に吸収してしまうからなのです。
で、鳥山先生という人はこの「絵画の技術」と「マンガのセンス」をハイレベルで持ち合わせている人だということが、上の画像でよく分かるんじゃないかと思うのです。
ということで、最初のうんち問題に戻るわけですが、これがなぜうんちとは似ても似つかないにもかかわらず私たちにはうんちと認識できるのかというと、この絵はうんちの特徴を最もよく示した<記号>だからなんですよね。
そして前回の「かめはめ波」にしても、ここで「放出されるエネルギー」を描いたときにそれを最もリアルな表現、絵画的表現ではなく、最も記号的、マンガ的に正しい表現は何か、ということが分かってるということがすごいのです。
で、マンガ的に正しい表現であれば、後の人はもう、それがリアルではないことは百も承知の上で追随するしかないわけですよ。「気の放出」の新しいマンガ的表現を生み出すのは、多分鳥山明と同じレベルの才能の持ち主だけなんです。
ところで、マンガ家は技術ではなくセンスを受け継ぐ、と言いました。実際鳥山明以降、彼から影響を受けていることが明らかに分かるマンガ家というのはたくさん見かけますよね。
でも、鳥山明が一体誰に影響を受けたのか、分かります? 全然分からないんですよね。ディズニーらしいんですけど、少なくとも絵を見た限りではまったく伝わってこない。それって多分、この人は誰からもセンスを受け取る必要がなかったからなんじゃないかと思うんですよねえ。
だって、天才なのだから。
というわけで、二回にわたってお送りしました、「鳥山明先生が、とにかくすごすぎる話。」、おなじみ「Dr.スランプ」に関する素人講釈でございました。
鳥山明先生が、とにかくすごすぎる話。<かめはめ波篇>
えー、相も変わりません。本日もまた一席お付き合いのほどをお願いしたいわけでございます。
本日は本の紹介というよりも、私はとにかくある一つの主張をしたいのでございます。それは何かと言うと、
とにかく鳥山明先生はすごすぎる!
ということ。
いや、そんなことはお前に言われるまでもなく知っているよ、と、そう仰るかもしれません。
しかしそれでも聞いていただきたい。敢えて言わせていただくならば、多くの人が考えている以上に鳥山明先生はすごいと、私は主張したいのでございます。
さて、この鳥山先生のすごさには、実は2種類あるのです。それが何かと言えば、
①絵がえげつないくらいに上手い
②マンガ的アイデアがえげつないくらいにすごい
という2点です。で、しかも日本のマンガ史全体を通して考えてみたとき、鳥山先生はこの2点において歴史を変えてしまったのです。どっちかで変えた人は多いんですけど、両方成し遂げた人は鳥山明と手塚治虫ぐらいじゃないかと。
で、絵についての話はちょっと小難しくなりますので次回にするとして、今回は鳥山先生がそのマンガ的アイデアでマンガの表現そのものを変えてしまった話をしたいわけでございます。
では、鳥山先生がマンガの歴史を変えてしまったと言いましたが、それは一体いつのことでしょう。
実はこの時ははっきりと特定することができるのです。その時とは、週刊少年ジャンプ1985年14号が発売された時です。
この号のドラゴンボールのタイトルは「亀仙人のかめはめ波!!」でした。
そうです。「かめはめ波」でございます。これがマンガの歴史を変えた。それが一体どういうことなのか、ちょっとご説明いたしましょう。
そもそも少年マンガにとって最も重要な要素のひとつといえるものに「必殺技」がございますね。
主人公が繰り出す必殺技の魅力は、イコールその作品の魅力と言い換えることもできましょう。
この必殺技の歴史というものはどういうものだったか。古くは仮面ライダーの「ライダーキック」や科学忍者隊ガッチャマンの「科学忍法火の鳥」などがありますね。
しかしこれらの必殺技というのは結局のところ、ライダーキックであれば実はただのキックと何も変わらないし、科学忍法火の鳥だってよく考えればただの体当たりでしかないわけです。そんなこと大人が言っちゃいけないことですが。
で、このドラゴンボールと同時代に連載していた他の少年ジャンプ作品においても、例えばキン肉マンの「キン肉バスター」や「キン肉ドライバー」があり、聖闘士星矢の「ペガサス流星拳」があり、北斗の拳の「北斗百裂拳」がありました。
でもこれも、それを言っちゃあおしまいですが、「キン肉バスター」や「キン肉ドライバー」というのは結局のところすごいプロレス技であり、「ペガサス流星拳」や「北斗百裂拳」に至っては、よくよく考えたら「ただすごいスピードで殴ってるだけ」なのです。(ごめんなさい、石投げないでね)
それに比べてかめはめ波ですよ。このかめはめ波とは一体何なのか。
「体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる技」
とあります。なんと言うか、多分「気」のようなものでありましょう。それをですね、手をおなじみのあの形にして、「かーめーはーめー波ーーー!!」と言って前に出したらですよ、その「気」というか「潜在エネルギー」がぶぉぉぉぉっとビームのように前に出るわけです。
すごいですねえ。もうこの技はですね、そもそも相手に自分の体を何らかの手段であてることすらしていないのですよ。そういう動作をすれば、体の潜在エネルギーとやらが勝手に相手を攻撃してくれるのです。
お分かりでしょうか、このアヴァンギャルドさ。もうね、それがありなんだったら、なんでもありになるんじゃないかと私は思うのですよ。
いやね、もちろんこの頃にも他の作品においてアヴァンギャルドな必殺技はあったのです。たとえば聖闘士星矢のフェニックス一輝の必殺技「鳳翼天翔」。あるいは北斗神拳の秘孔もそうですね。でもこれらの必殺技は、あまりにアヴァンギャルドすぎたために、他の作品では見たことがありません。
ところが、この「かめはめ波」は違うのです。よく考えたら「あれなんなんだ?」というアヴァンギャルドな必殺技であるにもかかわらず、ドラゴンボール以降のマンガ作品において、かめはめ波的ないわゆる「体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる技」というのは割と定番になってゆくわけです。
そりゃそうですよ、だってこの技を繰り出すためには、本来ビーム的なものを発射するための武器とかも必要ないのです。自分の手とか足から出るわけですから。
で、鳥山先生のなにがすごいって、そんな必殺技を「絵に描いた」ということなんですよね。
もし「体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる技」を他のマンガ家が描いたとしたら、どうなるでしょう。恐らく彼以前のマンガ家たちなら「何か見えないけど気が放出されて敵はダメージを受けてるんだぜ」という描写をしたでしょう。つまり、そのエネルギーを描かずに表現したはずなのです。
ヴィトゲンシュタインではありませんが、「認識できないものについては沈黙するしかない」わけですね。普通はそうするものなのです。分からないことについては語らない方が賢く見えるのと同じように、見えないものは描かない方がリアリティは増すわけです。
しかし鳥山先生はその見えるはずのない「体内の潜在エネルギー」をはっきり絵に描いて示したのでした。
そして、なにがすごいって、この作品以降私たち読者はどこかの作品で何らかのキャラクターがこの「体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる技」を繰り出しても、ちっとも不思議には思わなくなってしまったということです。(そしてその場合、みんな「鳥山明風」の「気の放出」表現であることは見逃してはいけない!)
これが、鳥山先生がこのドラゴンボールで成し遂げた「マンガを変えた瞬間」なのです。彼はこの作品において誰も見たことがなかったものを描写し、しかもその描写をあまりに当たり前なものにしてしまった。
とは言え、実はこのかめはめ波、多分元ネタはウルトラマンのスペシウム光線なんですよね。あれをやろうとしたのだと思います。だからかめはめ波は、実は鳥山先生の完全なオリジナルではありません。
多分この頃鳥山先生は「ドラゴンボール」を「孫悟空がドラゴンボールを探し求める冒険物語」から、少年ジャンプの黄金律である「悟空の前に次々と強大な敵が現れる」というストーリーに変更せざるを得なかったのでしょう。で、そのために「ウルトラマン」などをかなり研究したのではないでしょうか。そこでこのスペシウム光線が使える、と気づいたのでしょうね。(あ、でもドクタースランプでも結構ウルトラマンネタ出てくるので、元々好きだったんですかね。まあこの辺何の根拠もないただの妄想です)
で、実は「かめはめ波」は「スペシウム光線」だと誰にも気づかれない形でそれを採用した。「スペシウム光線」はアヴァンギャルドな必殺技ですから、そのまま使えば「あ、それウルトラマンじゃん」と言われますからね。
ただ彼が「ドラゴンボール」で「ウルトラマン」のスペシウム光線を採用したことで、初めてあの必殺技がアヴァンギャルドな技からスタンダードな技になった、と言えるわけです。
さて、では、なぜ鳥山先生はアヴァンギャルドな必殺技であった「かめはめ波」をスタンダードなものにできたのでしょう?
その理由の一つが彼の「画力」にあるわけですが、その話はまた次回。
おなじみ鳥山明著「ドラゴンボール」に関する素人講釈でございました。
尾崎紅葉はバカじゃない話。
えー、相も変わりません。本日もまた眉唾ものの素人講釈にお付き合いいただければと思うわけでございますが、本日ご紹介したい作品は、尾崎紅葉著「二人比丘尼色懺悔」でございます。
この「二人比丘尼色懺悔」が刊行されたのは明治22年のことで、尾崎紅葉はこの作品までにも自身が主催する硯友社の「我楽多文庫」という雑誌でいくつか作品を発表していたようですが、ちゃんと書籍の形で刊行されたのはこの作品が最初でございます。そういう意味ではまあ、処女作と言えるような言えないようなっていう感じですね。
で、本書が刊行された明治22年というのが、以前にもレビューした山田美妙の「胡蝶」と幸田露伴の「露団々」「風流仏」も刊行された年ということで、まあ、当たり年と呼んでも過言ではありますまい。
で、私が読んだ岩波文庫にはこの「二人比丘尼色懺悔」と、その翌年に出版された「新色懺悔」が入っているのですが、まずはいつもの通り、バババッとどんな話なのか、そのあらすじをご紹介しましょう。
「二人比丘尼色懺悔」は戦国時代かあるいはそのもう少し前の時代の物語です。
とある山の中のある尼寺に、深夜一人の旅をする尼が訪ねて来ます。もう夜も遅くなってしまったので、どうか一晩泊めてくれないか、というのです。
尼寺の尼は同じ尼僧でもあることから「それそれは大変でしょう、どうぞお上がりください」と言って旅の尼を招き入れます。
で、食事をご馳走になり、では休ませていただこうかという時、旅の尼僧は机の上に置かれたある置き書きを見つけるのです。
勝手に読んではいけないと思いつつ、つい気になって読んでしまったその置き書きには、こんなことが書かれていました。
それは尼僧のかつての夫が書き遺したもので、その夫は武士として戦に出陣することとなります。夫は、戦に出陣する以上、自分はその戦場で死ぬ覚悟である、と。だから貴方はもう私のことは死んだものと思いなさい。ついてはまだ私と貴方は結婚したばかりなのだから、もし私が戦場で死んでしまったとしても決して私を弔って出家するようなことはしてくれるな。またいい縁があればその人と結婚してくれ。そんなことが書かれてあったのですね。
そうして旅の尼が文を読んでいるところに主人の尼が戻ってきます。
ああ、申し訳ございません。読んではいけないと思いつつつい読んでしまいました、と旅の尼が言うと、主人の尼は「いえいえ、別に構いません」と言います。
「この文を読んだのなら、事情はお分かりでしょう。夫は私に出家するなと言いましたが、たとえまだ日が浅いとは言え、晴れて夫婦となったにもかかわらずなんという情けない言葉でしょうか。夫は戦場で命を落としたとのこと。戦場で命を落としたのだから、人の一人や二人は殺して果てたに違いありません。ならば夫の行き先は地獄でございましょう。その夫を私以外の一体誰が弔うと言うのです」
そんな言葉を聞いて旅の尼はなんて素晴らしい人なのだろう、とすっかり感心します。そこに主人の尼が言うのです。
「ところであなたも私と年齢も同じくらい、それにもかかわらずそのような旅の尼僧となっているからには、それなりの事情がおありなのでしょう。ここでであったのも何かの縁、お話してくださいませんか」
実はこの旅の尼僧も、主人の尼と同じく夫を戦場で喪い、彼を弔うために尼となったのですが実は……。
ということで、えーっと、ごめんなさい、ネタバレしてしまうと、実はこの主人の尼と旅の尼が弔っている男というのが、どちらも同じ男性であったという話なのですね。
まあ、今の作品であれば乾くるみの「イミテーション・ラブ」のような作品と言えるでしょうねえ。
で、この作品がよく売れたと言うことで、その翌年には「新色懺悔」が出版されます。こちらは今度は京都を舞台にした物語で、また違った登場人物たちの物語なのですが、こちらも最後にはあっと驚く仕掛けが施されているのでございます。
で、最初に本書が美妙の「胡蝶」と露伴の「風流仏」と同じ年に出版された、ということを述べましたが、こうして3つの作品を読み比べてみたとき、なるほど尾崎紅葉という人はこの時代に現れるべくして現れた人だったんだなと、そんなことを思うのでございます。
まあ、尾崎紅葉というと内田魯庵や夏目漱石など、結構色んな人から「あいつはバカだった」と言われている話が伝えられているのですが、この辺、後世の人はあんまり真に受けちゃいかんのだろうと思うのですね。
というのは、ちょっとこの時代の「日本文学」なるものを改めておさらいしてみるとよく分かるのですが、まず明治19年、坪内逍遥が「小説神髄」と「当世書生気質」を世に出して、いわゆる「戯作」ではない「文学」なるものを提唱したわけですね。
で、その翌年の明治20年には早速二葉亭四迷のと「浮雲」と山田美妙のと「武蔵野」が発表されるわけです。
この四迷と美妙がなそうとしたことは、いわゆる「言文一致体」というやつですね。つまり新しい文学に必要なものは何か、それは新しい文体である、と、そういうわけです。
ところがです。その2年後の明治22年に登場するのが幸田露伴なわけです。この幸田露伴はそんな言文一致体なんぞにはまったく興味を示さず、それまで通りの文体のまま「新しい文学」を描いたのでした。これは、明治23年に「舞姫」を発表する森鴎外も同じ態度と言えるでしょう。
要するに、「言文一致」なんて小手先の技術でしかないじゃん、と。本当に大切なのは表面よりも中身でしょ、と言ったわけです。
これはこれで、もう確かに正論なわけですね。仰る通りなわけです。
で、この草創期の「日本文学」というものは「表面を新しくしてそっから新しいものを作っていこうぜ」という動きと、「や、文体がどうとか気にしなくても新しい文学は作れるぜ」という二派が生まれるわけですが、ここまで「小説神髄」からわずか3年ていうのは、すごいですね。今だったら分かりますけれど、この当時にそんな一気に話が進むのか、と思ってしまいます。
でも、実はそれだけではなかったのですねえ。
というのはですね、ここまで述べてきたこの二派、実はどちらもある共通した問題点を抱えていたのです。それが何かと言うと、「なんだかんだ言ってどっちもインテリの理屈だよね」ということ。
恐らくこの当時の多くの小説愛好者の本音はここにあったのでしょう。「ふん、文学なんて」と嘲笑われるのは確かにむかつく。むかつくけど、でもさ、だからと言って「文学は芸術だからすごいんだ!」っていうのも、それはそれでどうなのさ、と。んなことどっちでもいいんだよ、と。
実際のところそういう感覚を持っていた人が多数派だったのでしょう。でもそういう意見って、表にはなかなか出づらいものなんですよね。
そ・こ・に、尾崎紅葉なわけです。彼は正しくそういったサイレントマジョリティの代弁者として登場したのでした。
で、彼は四迷や美妙派に対しては「いやー、言文一致体とか、よく分かんねっす。俺バカなんで」と言い、一方の露伴や鴎外派にも「ややや、テーマとかも、よく分かんねっす。俺バカなんで」と言ったわけです。この態度がウケた。
だよなー! 俺も本当はそう思ってたんだ! 正直あいつらの難しい話とか、どうでもいいと思ってた! 紅葉さん、よくぞ言ってくれました!
と、なったわけであります。でも、ここに気づくのって、実はすごい賢いと思うんですよね。というか、知識はなくとも知恵がある感じですか。だから紅葉って、バカというキャラを演じてただけで、本当はそうじゃないんでしょうね。
で、さらにこの人がすごいなーと思うのが、本書「二人比丘尼色懺悔」ですよ。実はこの作品において、尾崎紅葉はバカのフリをしつつ「日本文学」の地平を切り拓く第3の視点を提示しているのです。
それが「構造」ですね。この「二人比丘尼色懺悔」というのはもう、明らかに「構造」だけを主点に描かれている作品です。
二人のまったく関係ないと思っていた尼さんが、実はつながっていた! えー! という、それだけの作品なんです。その意味では本当に、「イミテーション・ラブ」と同じですよね。「だから何なんだ」と言われれば、「や、それだけのことです」と言うしかない。でも、エンタメってそういうもんですよね。
その意味で、この尾崎紅葉っていう人、「すんません、俺バカなんで小説のことよく分かりませーん」とか言いつつ、しっかりまだ誰も手を付けていなかった戯作ではないエンタメとしての小説を初めて書いているあたり、恐るべしでございます。
そしてしつこいかもしれませんが、「小説神髄」からわずか3年で「文体」「テーマ」「構造」という小説の必要な3つの要素がバババッと出揃ってくるあたり、やっぱり日本近代文学恐るべしなのでございます。
ということで、おなじみ尾崎紅葉著「二人比丘尼色懺悔」に関する素人講釈でございました。