文芸素人講釈

古今東西の文芸作品について、講釈垂れさせていただきます。

ただのラノベでもファンタジーでもない、しっかり芯の通った話。

 

鉄の魔道僧 1 神々の秘剣

鉄の魔道僧 1 神々の秘剣

 

 
えー、相も変わりません。本日も眉唾物の講釈にお付き合いいただきたいのでございます。

 

本日ご紹介するのは、ケヴィン・ハーン著「鉄の魔道僧1 神々の秘剣」でございます。

 

物語の主人公の名前はアティカス・オサリバン。彼はアメリカのフロリダでオカルト本や怪しいハーブを売る店を経営しています。

 

一見ただのちょっと危ない若者に見えるこの男、年齢を尋ねられたら「21」と答えますが、この「21」とは実は21歳という意味ではありません。実は彼、2100年前から生き続けているドルイドケルト神話に出てくる魔法使い。「指輪物語」のガンダルフのようなもの)だったのです。

 

では一体なぜ2100歳のドルイドが現代まで生き続けていて、しかもケルト神話の舞台であるアイルランドではなく現代のアメリカにいるのか。それにはちょっとしたわけがあるのですね。

 

というのは彼、2世紀頃に実在したと言われているアイルランドの王「百戦のコン」の軍隊とゲール人とスペイン人からなるモー・ヌアダの軍隊との戦いである「マグ・レイナの戦い」に参加していたのですが、その戦いの中でコンが所有していた伝説の剣である「フラガラッハ」を入手したのです。

 

アティカスは考えます。そもそも一体この戦は何なのだろう。もしコンがこの伝説の剣を持っていなければ、彼はモー・ヌアダを攻撃しようとは思わなかったはずだ。そしてこの剣をコンに与えたのは、ダーナ神族の長腕であるルーだ。ダーナ神族はそうすることで間接的に人間社会に影響を与えようとしているのだろう。それが気に食わない。

 

その時、アティカスの頭の中で声がします。「剣を取れ、そして戦場を出ろ、お前は守られている」と。

 

その声の主こそが、ケルト神話に置いて破戒と戦さの女神であるモリガンだったのでした。

 

このモリガンの庇護を受けることで、アティカスはそれから決して死ぬことはなく、これまで2100年もの間生き続けることとなったのです。

 

しかしそのような神との契約は、いつどこの時代においてもそうであるのと同じように、ただ良いことだけではありませんでした。

 

そうして決して死ぬことなく生き続けるということは、同時にこのフラガナッハを取り返そうとするダーナ神族の追撃をひたすらかわし続けなければならない、ということでもあったのですから。

 

アティカスはヨーロッパの各地を渡り歩き、歴史の様々な事件にも遭遇してきました。そして恐らく最も神たちがその影響力を及ぼしにくい場所としてアメリカ大陸を選び、移住してきたのです。

 


ところが、そんな彼の元にモリガンがカラスの姿となって現れます。そこで彼女はついに彼の居場所がダーナ神族の長であるアンガス・オーグに見つかったと伝えるのです。

 

同じくダーナ神族の狩りの女神であるフリディッシュもまた彼の元を訪れ、どこかに別の場所に身を隠すよう忠告します。

 

しかしアティカスは正直もううんざりしていたのです。そうやってダーナ神族のいる常若の国から刺客が送られてくることに。そしてひたすら逃げ続けてこれから先また何千年と生き続けていくことに。

 

「決着をつけるにはそれだけでいいのかい? ただひとところにじっとしているだけで?」
「そうだと思うわ。彼はまずだれか代わりの者をよこすでしょう。でもあなたがそれを倒せば、結局彼が自分で来なければならなくなる。でないと臆病者と言われて、常若の国から追放されるもの」
「それらじっとしていることにしよう」おれはそう答え、彼女に微笑みかけた。「だがきみはじっとしていなくてもいいぞ。ゆっくり腰をゆらすのはどうだい?」

 

というわけで、この物語は現代のアメリカを舞台に、主人公が常若の国から送られてくるダーナ神族の神々を悉く返り討ちにしていく、そんな物語なのでございます。

 

彼の元には敵である神々だけでなく、なぜか敵でも味方でもない女神たちも現れて、まあそんな女神達と主人公は大抵ウッフ~ン♡なこととなります。それも見せ場の一つでしょう。

 


さてさて、私は本書を読みながら、最初に思ったのは、「ああ、これはラノベだな」ということだったのでした。2100歳だけど見た目は21歳のドルイドというチート(主人公が最初からルール破りなくらいに最強ということ)設定、次々女神がやってきてなぜか主人公といい関係になるハーレム展開、そして主人公が自分から動かなくても敵が向こうから続々やってきてくれる巻き込まれ型のストーリー。

 

で、そういういわゆるラノベ的なものってファンタジーの王道である「指輪物語」とか「ゲド戦記」なんかとは根本的に違うものだと思うんですよね。

 

まあ、ハーレム展開は別としても、例えば「指輪物語」なんかだと主人公のビルボは仲間の中で一番弱い存在で、そんな彼こそが冥王サウロンと対峙しなきゃいけないから面白いのだと思うのですよ。そして主人公たちは弱い存在であるからこそ、長い長い旅をしなきゃならんわけです。

 

つまり成長物語であり冒険物語であること、というのが、なんだろう、本質的なファンタジーというか、あるいは原理主義的なファンタジーだと思うのです。

 

別にだからと言ってラノベをダメだと言いたいわけではないんですよ。だってそもそもが「指輪物語」のような原初的なファンタジーだって、神話という物語構造を当時の現代風に焼き直してできたジャンルなんですから、それが今となってこういう風になってくるのはむしろ当然だと思うんです。

 

だから別にいいんですけど、個人的な趣味としてはあんまり好きではないな、という感じだったのです。

 

でもね、この作品、しばらく読んでいくとちょっとそれだけではないぞ、ということに気付きます。

 

例えばファンタジーの王道として「ゆきてかえりし物語」がありますよね。「ナルニア物語」とか「ハリー・ポッター」とか。で、この作品も実は「ゆきてかえりし物語」なんです。本当は。

 

といっても、決して主人公がそうだというわけではありません。「ゆきてかえりし」なのは、むしろ神々の方なんですよね。そして主人公というのはこの常若の国から突然訪れる神々に、ただ翻弄されているだけの存在なのです。エッチな展開になる場合も、大抵は女神側の意思に逆らえずにそうなるわけですから、まあこれ、言ってみれば逆レイプなんですよね。別に本人が喜んでるみたいだからいいんですけどw

 

で、「ゆきてかえりし物語」のポイントって、主人公が「現実」の知識や価値観を「異世界」に持ち込むことで主人公はその異世界を救う、ということになるのです。そう考えたら「ゆきてかえりし物語」って、「現実の世界による異世界の征服」なんですよね。

 

で、実は「ファンタジー」と「神話」の一番の違いってそこにあると思うんです。どちらの理屈に立つのか、「人間としての理屈」を正しいとするのか、あるいは「神の理屈」が正しいとするのか。

 

神話って、ケルト神話だけでなくギリシャ神話だろうが旧約聖書だろうが日本の神話だろうが、「ゆきてかえりし物語」とまったく逆の構造を持っているのです。言い換えるなら、「いかにしてこの現実は異世界から来た神々に征服されたか」という物語なのです。

 

「人間としての理屈」に立った場合には、何が善で何が悪で、何が得で何が損かははっきりするんですよね。でも、神話ってそうじゃないじゃないですか。神話の場合には、何が善で何が悪なのかがはっきりしていなくて、ただ神がやることが善なのです。それを認めるしかない。

 

そう考えるとこの作品って、実は根本的なところでこの「神話の理屈」みたいなのにちゃんと忠実なんですよね。そういうことを主人公は「極度の被害妄想」と呼んでいるのですが、うん、そうだと思うんですよ。神話を読んで楽しむというのは、結局のところこの「極度の被害妄想」のような気がするのです。

 

だからそう考えると、実はこの作品、一見ラノベのようであって全くラノベではない。むしろ真逆の考え方の作品なんです。

 

すごく分かりやすく言えばこの作品って「人間である主人公と神々との戦い」ということになっちゃうんだと思うんですけど、実は勝敗はもう始めから決まってるんです。神々の勝ちです。でも、どういうのが神々にとっての勝ちなのかは、人間には想像することすらできないわけですが。

 

こういうの、なんだろう、上手い言葉が見つからないのですが、「芯が通ってる」って感じがします。ただ神話からキャラクターを拝借しているだけじゃない。ちゃんとラノベ的要素もちゃんと押さえつつ、ケルト神話や様々な神話を上手にキャラクター化して登場させつつ、でもその元となる神話の外しちゃいけない部分はしっかり守ってる、というかリスペクトを感じる。そんな作品です。

 

まあ、こんな私みたいに小難しいことをごちゃごちゃ考えなくても、「イケメンドルイド、イェー!」「女神とエッチ、羨ますぃー!」と楽しんで読むのもありですし、あとはケルト神話に限らずヴァンパイアや人狼、あるいは別の神話の神々までオールスターで登場しますから、スーパーナチュラル系のオタクっぽく「おお、そいつをここで持ってくるとは、作者なかなか分かっとる!」みたいな楽しみ方もありでしょう。

 

そういう懐の深さのある作品ってなかなかないんじゃないかな、と思いました。面白いですよ。

 

おなじみ ケヴィン・ハーン著「鉄の魔道僧1 神々の秘剣」に関する素人講釈でございました。

 

 

鉄の魔道僧 1 神々の秘剣

鉄の魔道僧 1 神々の秘剣