文芸素人講釈

古今東西の文芸作品について、講釈垂れさせていただきます。

伝統と誇りある我らがニッポンは、アメリカ様の支配下にある話。

 

アメリカ様 (ちくま学芸文庫)

アメリカ様 (ちくま学芸文庫)

 

 

えー。相も変わりません。本日もまたくだらない話にお付き合いいただきたいわけでございます。

 

本日ご紹介するのは、宮武外骨著「アメリカ様」でございます。この本がどういう本かと申しますと、「ザ・自虐史観☆(キラーン)」とも呼ぶべき一冊。気骨のジャーナリストであった著者が敗戦の翌年に戦前の日本を支配していた軍閥やそれを後押ししていた官僚、マスコミ連中をとにかく曝しあげ、そして代わりに支配者となったアメリカ様を褒めまくることで当時の世相もまた馬鹿にしまくったという一冊なのでございます。

 

というわけでどのような内容なのか、ちょっと引用してみましょう。

 

「戦争が終わり、日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は未来へと命をつなぐことができました。
そして米国は、日本が戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは平和と繁栄を享受することができました。」

 

……あ、間違えました。これは本書の内容ではなく、2016年、真珠湾での安倍晋三総理大臣のスピーチでございました。いやー、びっくりした。あんまりアメリカ様を礼賛しているものだからつい間違えちゃった。

 

早く押し付け憲法を排して自主憲法を制定し、戦後レジームから脱却しなきゃいけないところ、けしからん間違いを犯してしまって本当に申し訳ございません。

 

えー、気を取り直して、改めて

 

「誠に奇な因縁と感ずるのは、我が日本と阿米利加国との関係である。封建制度徳川幕府が倒れて明治維新の政府が建設されるに到ったのは、その前嘉永年間にアメリカより使節ペルリが浦賀へ来たのがモトで、鎖国攘夷が開港に変じた結果、西洋諸国の文明を輸入しておおいに開化ぶることになったのである。それが近頃さらにアメリカよりマックァーサー元帥が我が国に押込んで来たのが、破天荒の無血革命、軍閥の全滅、官僚の没落、財閥の屛息、やがて民主的平和政府、開闢以来の最大御維新、勿怪の国勢となったのである。これ思えば、アメリカ様は日本国民一同が揃って感謝礼拝すべき大恩恵国ではないか。南無アメリカ様。」

 

というわけで、ほら、どうせ大して変わらないから別にいいじゃん。(いいのか)

 

ちなみに本書において著者は自らを「半米人」であると申しております。あ、でもこれは半アメリカ人というわけではございません。著者は本書執筆時80歳であり、米寿である88歳まであと「八」足りないと。そういうわけで米が半分足らないので「半米人」でございます。

 

とにかくこの宮武外骨という人は、言いたいことを言う人であり、戦前から多くの雑誌や新聞を発行しては発禁をくらうということを繰り返していたのでございました。

 

とりわけ有名なのは大日本帝国憲法が発布された明治22年、「頓智協会雑誌」に掲載した「頓智研法発布式」でございましょう。大日本帝国憲法の発布を受けて世間で絵葉書が出回るなど大人気だったため、それをパロディにした記事を雑誌に掲載したのでありました。

 

内容は「第一條 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」をもじって「第一條、大頓知協会ハ讃岐平民ノ外骨之ヲ統括ス」としたなどで、骸骨が憲法を発布している絵を雑誌に載せたところ、これが不敬罪にあたるとして禁固3年の刑を受けたのでございます。

 

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明治天皇を骸骨になぞらえるとはけしからん! というわけですね。しかしこの戦前に存在した「不敬罪」なるもの、本当におかしな法律でございます。そもそも天皇ご自身がこの絵を見て「こ奴はけしからん。不敬である。捕縛せよ」などとおっしゃったわけでもございますまい。当時の警察なり裁判官が勝手に天皇陛下のご意向を「忖度」し、著者に罪をおっかぶせたわけでございます。

 

まあこの宮武外骨なる人、もしも現在に生きていてTwitterなんぞやっていたら何度も大炎上しているに違いありません。

 

しかし私は思うのですが、戦前の「不敬罪」にあたるようなもの、現在にもあるようで。何かと言うと「正論」をふりかざして「けしからん!」と怒る人、あれは一体何なのでしょうか。一体誰の気持ちを「忖度」しておられるのか。

 

とりわけ最近では「政治」や「マスコミ」に対して、何か高邁な理想を抱いている人が多いような気がするわけです。

 

でも政治家なんて本来欲にまみれた人しかなろうとは思わんもんですし、マスコミなんて本来単なる野次馬根性の表れでしかないでしょう。

 

それをなんだか「政治家とはこうあるべき!」「マスコミはこうあるべき!」なんて思い込んでいる人は、その生真面目な性分を振り回してそのうち「国民はこうあるべき!」なんてことも言い出すんじゃないかと。もう、そうなると「不敬罪」まであと一歩です。

 

そう考えると戦前であれ戦後であれ、日本人というものは実は何も変わってなどいないのでしょう。それこそ著者が暗に指摘しているように、「天皇陛下」が「アメリカ様」に変わっただけで、いやもっとその前にさかのぼれば、そもそも「将軍様」が「天皇陛下」になり、今は「アメリカ様」になっているだけでございます。

 

で、「虎の威を借るなんとやら」どもが勝手に支配者様のご意向を忖度してデカイ面してのさばっているのが有史以来の伝統と誇りある我らがニッポンの姿でございましょう。

 

まあこういうことを言うと、どこかのお稲荷様から「自虐史観だ!」などと言われたり、あるいは逆に別のお稲荷様から「封建主義者だ!」などと言われたりするのでしょうか。あるいは「アナーキスト」?

 

……まあいいや。そんなことどうでも。

 


で、そんなアメリカ様を礼賛した本書なのですが、ここまでアメリカ様を持ち上げているにもかかわらず、本書は発行時にGHQによる検閲を受けて一部削除を命ぜられてしまいました。

 

それはこんな部分でございます。

 

「世相の反映で近頃は盗人が多くなり、小ドロボウは無数に殖え、人間の過半が盗人になったらしいが、その中で前例にもなく多いのは、持兇器強盗である。単独ではやり得ないのか三人組、八人組、十人組など集団式の強盗が続出である。どうして斯様に強盗が多いのか。こればかりはアメリカ様のお陰だとも云えないが、進駐軍人が来て以来のことだから、何らかの刺戟によるものらしいと思う。それは兎に角、昔の強盗は三十歳以上、四十歳、五十歳の者であり、体躯も頑丈で、いわゆる雲突くばかりの大男というのが強盗の本格であった、しかるに近頃の強盗は、新聞紙の記事によると概ね二十二、三歳、中には十幾歳の者もあり、若い女が集団に加わっているのもあった。その写真を見ると、いずれも可憐の青少年ばかり。変れば変る世の中だなあと半米人の老人は只々嘆息のほかなしである。
 この事象の原因は色々であり、要は戦時の政治経済教育の頽廃に帰するが、主な点は食糧の欠乏。米は不足、酒なく菓子なし、料理屋へも行けずであるのに、一方では贅沢にくらす者がある。そこで若盛りの者が「エヘ、ままよ、太く短く」という悪念を起す結果である」

 

というわけで、これの一体どこがアメリカ様のお気に触ったのか、恐らく「進駐軍人が来て以来のことだから」という一文なのでございましょう。たったそれだけで引用した文章全部削除でございます。

 

いやはや恐ろしいかな権力。戦前の日本であれアメリカ様であれ、あまり大差ないのかもしれません。実際著者もこのとき、「なんだ、自由の国といっても(戦前の日本と)変らないじゃないか」と落胆したそうです。

 

まあそういうわけで、現在では特に「自尊自立」とか「凛とした態度」なんていうのが一部の人の間でとても人気があるようですが、自虐史観に染まった私などが見ると、「本当にそんなことできるんですかね、私たち日本人が」と思うわけでございます。

 

梶井基次郎丸善檸檬ではありませんが、「日本礼賛本」にあふれ返った書店の棚に本書をこっそり置いていってやろうか……なーんてね。

 

ま、そんな小さなテロですら、とても怖くてできない小市民の私でございますよ。あなかしこ。


お馴染み宮武外骨著「アメリカ様」に関する素人講釈でございました。

 

アメリカ様 (ちくま学芸文庫)

アメリカ様 (ちくま学芸文庫)